鬼の背中に灸をする

知識ではない知恵を鍛えるブログ

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あのままなら、きっと生きるのが嫌になっていた

昨日の記事は流石に評判が悪かったね^^;

まあ、それだけ皆

「努力って大事でしょ」「何言ってんの?」

「馬鹿じゃないの、努力しなきゃダメでしょ」

と思っているわけだ(苦笑)

この暗示は相当根深いねぇ。


ああ・・・

そう言えば、亀仙も若い時期はそう思っていた(爆)

だから、仕事でも何でも全力投球で

他のものを犠牲にしてまで努力をした。

結果?

まあ、まあかなぁ(苦笑)

決して努力が報われたとは言えなかった。

ただ、あのまま続けていたら

きっと、生きるのが嫌になっていただろうね。


根深く暗示に掛かっている人に

何を言っても無駄なんで

これ以上書かなくてもいいんだが・・・

自分の中から湧き上がってきた話なんで

ここからは備忘録的に書く。

(あと、目覚め掛かっている極少数の人に^^)


私が最初に、努力について疑問を持ったのは

最高の治療法を求めてあちこちを訪ねていた頃。

その過程で、密教の僧侶が

様々な難病を治しているのを知った時だ。


それは以前も書いた

『三密加地すれば即疾に顕る』という教えによる。

最初は、「どうせ宗教でしょ」と疑ったが

事実は事実。

誰もが簡単に出来るというわけではないが

ある段階に達すればそれは可能になることも分かった。


所が、当時はこれを病気治しだけのことだと

勝手に勘違いをしていた。

それに気づかせてくれたのは超能力者のI氏だった。

驚くことにI氏は、依頼者の仕事や対人関係まで改善することが出来た。


但し、ここには法則もあったようだ。

『思い』というのは強力なエネルギーを持っているのは間違いない。

だから、直す(治す)ことも瞬間でできるが

元に戻すのも瞬間でできる。


ということは、病が好きとまでは言わないが

病によってその者が生き易いのなら、病は治らない。

(病気をすると、普段無関心だった親が優しくしてくれる場合など)

同様に、仕事や人間関係がうまく行かない方が

その人にとっては、深い所で都合の良い場合もありうる。

その場合は、うまく行かない現象が続く。


ということで


今日は長くなったので続きはまた書く(予定)^^



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